公開: 2019年8月19日
更新: 2019年8月xx日
ドイツの教育制度は、地方によって少しずつ違っています。EU統合が終わってから、ドイツの教育制度は、他のEU諸国との違いを少なくするように変更が続いているようです。ドイツでは、中世時代から、大学へ進学し、学問を極め、医師や法律家などの専門的な仕事に従事する人材を育成する進路と、ギルドのマイスターとして職人を育成する進路に分かれています。大学に進むと、ラテン語などでの授業もあり、語学力も要求されました。第1次世界大戦前後のドイツでは、小学校教育を終えると、大学進学希望者のためのギムナジウムへの進学か、ギルドのマイスターになるための職業学校(レアルシューレ)への進学かを選択することになります。
ギムナジウムに進学した人々は、8年間程度の基礎教育を学んで、6年制の大学へ進学するか、3年から4年の高等教育学校へ進みます。最近では、この大学も高等教育学校も、ドイツでは大学とされています。ただし、大学へ入学した若者の場合、兵役が免除されるのに対して、高等教育学校の場合は、兵役免除はありません。職業学校の場合は、日本の中学・高等学校に似ていて、卒業後、直接、職に就くか、高等教育学校へ進みます。ヒットラー自身は、ギムナジウムへの進学を希望していたようですが、父親は、ヒットラーの学力を考えて、職業学校を選んだようです。
ヒットラーの父親の職業は税関の役人でしたので、ラテン語を学んでいたと思われます。政府の役人になるためには、ラテン語の読み書きが必要だったはずです。ヒットラーの父親は、ヒットラーにはラテン語を学ぶ学力がないと考えていたと思われます。オーストリアもドイツ語圏だったので、ヒットラーもドイツ語の能力には問題はなかったはずです。ヒットラーの小学校での成績を見ると、数学(計算)の能力に問題があったようです。